本日から当ブログ(日記)の執筆を再開する。長く間が空いてしまったが、これは主に私の怠惰のなせる技である。これから執筆をこまめに続けてゆきたいと思うので、ご期待をこう。
さて、映画を見にゆきたいのであるが、年末年始はうつ病に苦しみながら働いているので、なかなか映画を見に行けない日々が続いている。この状態を抜け出したら、見に行きたい作品はいろいろあるので、映画を見て感想を書くことも出来るであろう。
金曜日, 3月 31, 2006
うつ病で死ぬということ
今日の薬を飲む。3月も今日で終わりなのに、やるべきことがたまっている。出来る限り楽をしたい。
やるべきことを減らして楽に生きたいと思うのだが、なかなかできないのが、私のうつ病を長引かせているのかもしれないと思う。この性分とうつ病は一生直らない可能性もある。この場合、どうなるか。うつ病で死ぬとすれば、うつ病が一生直らなかったという結論になるであろう。
私はうつ病で死ぬかもしれない。
やるべきことを減らして楽に生きたいと思うのだが、なかなかできないのが、私のうつ病を長引かせているのかもしれないと思う。この性分とうつ病は一生直らない可能性もある。この場合、どうなるか。うつ病で死ぬとすれば、うつ病が一生直らなかったという結論になるであろう。
私はうつ病で死ぬかもしれない。
木曜日, 3月 23, 2006
ブロークバック・マウンテン
アカデミー監督賞受賞の話題作、『ブロークバック・マウンテン』を見てきた(@京都シネマ)。うん、まあまあ、いや、結構よくできていて、なかなか良いのではないかと思った。はっきり言ってハリウッドがらみのアメリカ映画だし、基本的にあんまり期待しないで見に行ったのだが、思ったより良かったというのが率直な感想だ。ゲイともバイセクシュアルともつかぬ、深い友情とも恋愛ともとれる、若きカウボーイの男二人の恋愛関係を軸に、男性同士の性関係が帰結する現実社会との葛藤が描かれる。題名の「ブロークバック・マウンテン」はロマンティックな恋愛関係が成就する理想郷の象徴である。主演のヒース・レジャーとジェイク・ギレンホールの演技が渋すぎて巧い。また、演出も繊細で、ロマンティックで細やかな感情から、複雑な人間関係の葛藤まで丁寧に描き出す。原作は短編小説であり、プロットは非常にシンプルでわかりやすい話ではあるのだが、演出の繊細さと巧みさ、主演二人の演技の良さが作品の価値を生み出している。観賞後、味わいのある人間ドラマのじわりとした感動が、観客に与えられる秀作である。一つ、議論を提起しておこう。ゲイものの作品には常につきまとう論点だが、女性の描き方をどのように見るかが一つの議論になるところであろう。この作品でも、女性に対するカウボーイの旧弊なマッチョな男ぶりやミソジニック(女性蔑視的)な身振りが描かれるが、それは男同士の恋愛関係と対比する形で提示される。二人の男の関係は葛藤をかかえながらも理想化され純愛ともいえる昇華のされ方をするが、比べ、女性との関係はセクシュアルな欲望や関係は描かれるものの、現実の苦い生活のディティールを対比的に顕わにするものとして描かれる。最後までポジティブに描かれるのは、父としての娘への愛情のみである。女性は常にこの物語の周縁だ(男二人の恋愛物語なのだから、一編の映画のプロットとしては必然なのかもしれないが…)。女性の描き方が過度にステレオタイプだとまでは思わないが(例えば、妻役のミシェル・ウィリアムスの演技と存在感が、その点、この作品の重要部分を救っていると思う)、私としては、この男同士の関係の物語における「女性の周縁化」が気になる。映画のチラシの中に引用されている雑誌の評価コメントの中に、この作品を「革新的な恋愛映画」と評価するものがあるが、もし、仮に、この作品の主題が、女性同士の恋愛関係と社会の葛藤を描いたものであったとしたら、もっと「革新的」な作品になり得ていたといえるであろう。
水曜日, 3月 22, 2006
日曜日, 3月 19, 2006
金曜日, 3月 17, 2006
登録:
投稿 (Atom)